長年、開かない金庫はないと豪語する鍵開けの達人、古川さん(仮名)に、金庫開錠の世界について話を伺った。彼の仕事場には、様々な種類の鍵と特殊工具が整然と並べられている。「金庫が開かなくて困っている方からの依頼で一番多いのは、やはり暗証番号忘れや鍵の紛失ですね。特に、世代交代の際に、先代が使っていた金庫の番号が分からなくなってしまうというケースは後を絶ちません」と古川さんは言う。彼が現場でまず行うのは、金庫の観察だという。「メーカー、型番、製造年、そしてダイヤルや鍵穴の状態をじっくり見ます。金庫にはそれぞれ個性がある。その個性を理解することが、対話の第一歩なんです」。無理にこじ開けようとして、素人が傷だらけにしてしまった金庫を見るのは忍びない、と彼は眉をひそめる。「バールでこじたり、ドリルで穴を開けたりするのは最悪の選択です。金庫の防御機構が作動して、余計に開かなくなってしまうこともありますし、何より中の大切なものを傷つけてしまう可能性が高い。我々プロは、できる限り金庫を傷つけない『非破壊開錠』を目指します。それは、金庫への敬意でもあるんですよ」。古川さんの使う道具は、聴診器やファイバースコープ、そして独自に改良したという特殊なピックなど多岐にわたる。ダイヤル式の場合は、内部のディスクが正しい位置に来た瞬間の、本当に微かな音を聞き分ける。彼の指先がダイヤルに触れると、まるで金庫と会話しているかのように見えるから不思議だ。「極意なんて大げさなものはありません。あるのは、経験と集中力、そして諦めない心だけです。金庫の中には、持ち主の人生や思い出が詰まっていることが多い。我々の仕事は、単に扉を開けるだけでなく、その方の思い出への扉を開く手助けをすることだと思っています」。最後に、もし金庫が開かなくなったらどうすればいいか尋ねると、彼はにこやかにこう答えた。「慌てないこと。そして、下手にいじらず、我々のような専門家を信頼して、まずは相談してください。それが、一番の近道ですよ」。