鍵屋として長年この仕事に携わっていると、「元鍵が一本もないんですけど、合鍵って作れますか?」という、切羽詰まったご相談を数多く受けます。お客様の焦りと不安が、電話口からひしひしと伝わってきます。私たちはプロとして、まず「はい、作れますよ」とお答えしますが、その言葉の裏には、お客様が想像する以上に複雑で繊細な作業の世界が広がっています。お客様がイメージする「合鍵作り」は、元鍵を機械にセットして数分で完成する「複製」です。しかし、元鍵がない状態からの作業は、全くの別物。「無から有を生み出す」創造的なプロセスに近いものです。私たちがまず頼りにするのが「キーナンバー」です。お客様がこの番号を見つけてくだされば、私たちの仕事は大きく前進します。データベースから設計図を呼び出し、それに従って正確無比な鍵を削り出す。これは、いわば近代的なデジタル技術を駆使した作業です。しかし、その番号すらない時、私たちの腕の見せ所となります。鍵穴を覗き込む特殊なスコープ、内部のピンの高さをミリ単位で測るためのゲージ。様々な道具を駆使し、指先の感覚だけを頼りに、暗闇の中のミステリーを解き明かしていくのです。それはまるで、熟練の医者が聴診器で患者の体内の音を聞き分けるかのような、経験と集中力が求められる作業です。だからこそ、その技術料は、通常の合鍵作製とは比較にならないほど高くなります。時々、「自分でピッキングできませんか?」と聞かれることがありますが、それは絶対にやめていただきたい。素人の方が無理に鍵穴をいじれば、内部の繊細な部品を破壊してしまい、鍵の作成どころか、鍵交換しか選択肢がなくなるという、最悪の事態を招きかねません。元鍵がないというトラブルは、確かに大変なことです。しかし、そこには必ずプロの技術による解決策が存在します。どうか焦らず、私たち専門家を信頼してご相談いただきたい。それが、最も安全で確実な道なのです。