賃貸経営を行う大家として、入居者の方にはできるだけ快適に、そして気持ちよく退去していただきたいと常に願っています。しかし、退去時に鍵が一本紛失しているという報告を受けた際、私たちは心を鬼にして「鍵交換費用はご負担いただきます」と伝えなければなりません。入居者の方に悪気がないことは重々承知の上です。それでも、なぜシリンダーごとの交換が必須となるのか。それは、私たち貸主が、次の入居者に対して負うべき「安全を提供する責任」に他なりません。たとえ一本でも鍵が外部に流出した可能性がある以上、その物件のセキュリティは完全ではない、と判断せざるを得ないのです。紛失した鍵がどこかで捨てられ、誰にも見つからないかもしれません。しかし、万が一、悪意を持つ人物の手に渡り、次の入居者が空き巣被害に遭ってしまったらどうでしょうか。その時、「前の入居者が鍵をなくしたけれど、スペアキーがあるから交換はしませんでした」では、済まされないのです。被害の責任を問われるのは、安全管理を怠った貸主である私たちです。また、これは信頼のリセットという意味合いも持っています。残念ながら、貸主に無断で合鍵を作成する入居者も皆無ではありません。退去時に正規の鍵を全て返却されても、その裏で何本の合鍵が出回っているかは誰にもわからないのです。そのため、入居者が入れ替わるタイミングでシリンダーごと交換することは、物件のセキュリティを一度完全にリセットし、新しい入居者に「この部屋の鍵は、あなたと私たちしか持っていません」という安心を保証するために不可欠な作業なのです。入居者の方からすれば、たった一本の紛失で数万円の出費は痛いと感じるでしょう。しかしそれは、単なるペナルティではなく、次の方への安全のバトンをつなぐための、そして賃貸物件全体の信頼性を維持するための必要経費であると、ご理解いただければ幸いです。
鍵を一本紛失しても交換が必須である貸主の事情