祖父が亡くなってから数年が経ち、私たちは遺品が残されたままになっていた書斎の整理を始めました。古い書物や万年筆に混じって、部屋の隅に鎮座していたのが、ずっしりと重い鉄製の金庫でした。それは私が子供の頃からそこにあったものの、開いているところを一度も見たことがない、謎の箱でした。母も父も、もちろん私も、その金庫の開け方を知りません。鍵は見当たらず、古めかしいダイヤルだけが正面についていました。中には何が入っているのだろう。祖父の日記か、あるいはへそくりか。家族の好奇心は最高潮に達しました。私たちはまず、祖父が使いそうな数字の組み合わせを片っ端から試してみることにしました。誕生日、結婚記念日、電話番号。しかし、ダイヤルを何度回しても、金庫はびくともしません。半ば諦めかけたその時、父がふと、祖父が大切にしていた古い手帳の存在を思い出しました。手帳の隅に、何かのメモ書きのように記された数列。これがそうに違いない。私たちは最後の望みをかけて、その番号でダイヤルを回し始めました。右に四回、左に三回、そしてまた右に。父の慎重な手つきを、家族みんなが固唾をのんで見守っていました。最後の数字を合わせ、レバーに手をかけると、今までうんともすんとも言わなかった扉が、ギシリと重い音を立ててゆっくりと開いたのです。その瞬間の、家族の歓声と安堵のため息が入り混じった空気は、今でも忘れられません。金庫の中から出てきたのは、お金や宝石ではありませんでした。それは、祖母との思い出の写真や、私たち孫が幼い頃に書いた手紙の束でした。祖父が何よりも大切にしていた宝物が、そこにはありました。金庫を開けるという行為は、単なる物理的な作業ではなく、祖父の心の中に触れるための、大切な儀式だったように思います。あの日の出来事は、私たち家族にとって、祖父との絆を再確認する忘れられない思い出となりました。