それは、私が担当するプロジェクトの最終提案を翌日に控えた、緊張感に満ちた日の夕方のことでした。最終版の企画書と、夜を徹して作成したプレゼン資料のデータを保存したUSBメモリ。それらを万全を期して自分のロッカーにしまい、一息ついてから最後の仕上げに取り掛かろうとした、まさにその時でした。ロッカーの前に立ち、いつものように鍵を差し込んで回そうとしたのですが、鍵が途中までしか回らないのです。何度試しても、まるで何かにブロックされているかのように、固い感触が伝わってくるだけ。私の背筋を、冷たい汗が流れました。あのUSBメモリがなければ、明日の提案は成り立たない。頭が真っ白になり、心臓が早鐘を打ち始めました。パニックに陥った私は、なんとか自力で解決しようと、愚かな試みを始めました。鍵をガチャガチャと強く揺さぶったり、扉の隙間に薄い定規を差し込んでみたり。しかし、頑丈なスチール製の扉はびくともしません。時間は刻一刻と過ぎていきます。絶望的な気持ちで途方に暮れていた時、ふと新人研修で教わった「トラブル発生時は、まず上司に報告」という言葉が頭をよぎりました。私は震える手でスマートフォンを取り出し、上司である課長に電話をかけました。事情を正直に話すと、課長は電話口で大きなため息をついた後、「馬鹿者、なぜもっと早く言わんか。すぐに総務に連絡してマスターキーを持ってきてもらう。お前は先に会議室でPCの準備をしていろ」と、意外なほど冷静に指示をくれました。その落ち着いた声に、私は少しだけ我に返ることができました。半泣きで総務部に駆け込み、事情を説明すると、担当の社員は慣れた様子で一本の鍵を手に席を立ちました。そして、私のロッカーの前で、そのマスターキーを差し込み軽くひねると、あれほど固く閉ざされていた扉が、カチャンという軽い音と共に、あっけなく開いたのです。原因は、私が朝、急いで無理に詰め込んだ折りたたみ傘の先端が、内側のロック機構に絶妙に挟まっていたことでした。この一件は、私にとって忘れられない教訓となりました。トラブルに直面した時に冷静さを失い、自己判断で行動することがいかに危険か。そして、報告、連絡、相談という社会人の基本がいかに重要か。それを骨身に染みて学んだ、苦い経験でした。